あの日の青い空



私は忘れない。
あの日、二人で見た果てしなく広がる青い空を・・・。


闘いを終えたレイは、残された時間を、
愛するマミヤと共に静かに暮らしていた。
こうして、あと何度朝を迎える事ができるのだろうか。
迫りくる死と背中合わせの中、
レイは愛する女と共にいられることに幸せを感じていた。
トキに心霊台を突かれ、ユダを倒すまで、
死に対する恐怖など感じた事はなかった。
だが、今こうして愛する者と共に穏やかな日々を過ごしているうちに
今まで感じなかった死への恐怖に、何度となく襲われた。
残り僅かな時間、自分はこの女に何をしてあげられるのだろう・・・。
愛する男がいるのなら、その男と生きていくべきではないのか。
レイは心の中で葛藤していた。

「マミヤ・・・本当に 俺でいいのか・・・
 俺はいつまで生きられるかわからない・・・
 愛する男が他にいるのなら・・・」

レイの言葉をマミヤは遮った。
 
「今まで黙っていたけど・・・私、 あなたに会っていた・・・
 あなたがここに来る、ずっとずっと前に・・・

 私が、ユダの城に囚われていた時…一人の男が私を救ってくれた。
 その人は、名前も顔もわからなかったけど、 たった一つだけ、
 南斗の男とだけ言い残して、 私の前から、去っていったわ・・・
 その日から、私の心の中で、彼は忘れられない存在になっていった。
 あの時私を助けてくれたのは・・・レイ・・・あなただった・・・」


レイは、その時ふと、この村に訪れた時の事を思い出した。
何かに導かれる様に辿りついた場所。
花が咲き、希望に満ち溢れた美しい村。
レイは初めて訪れたこの村に何故か懐かしさを感じた。
その村は、あの時、ユダの城で出会った女、マミヤの村だった。
哀しみを背負いながらも、村人の前で、気丈に振舞うマミヤ。
だが、そんな彼女が一人涙を流している姿を、レイは知っていた。
マミヤの背中を見守りながら、あの日の記憶が蘇り
いつしか、愛へと変わっていった。
そして、義の星の宿命の如く、
マミヤを守り、全てを捧げる決意をした。

「マミヤ・・・気付いていたのか・・・」
「あなたはいつも私のそばにいて、私を守ってくれた。
 なのに、私は・・・・。
 気がつくのが遅すぎたの・・・
 だから・・・、たとえ僅かな時間でもいい。
 私は、あなたのそばにいたい・・・」

何故もっと早く気づかなかったのか…マミヤはずっと後悔していた。
マミヤは子供のように泣きじゃくりながら、レイの胸に縋り付いた。
この胸の温もり、そして優しい口付け・・・。
忘れたことはなかった。
でも、その事に気付いた時、彼の命は残り少ないものとなっていた。
運命の悪戯に翻弄されながら、マミヤはレイに残された僅かな時間
一秒でも長く、彼と共に過ごす事を決めた。

争いのない、平穏な日々。
彼の腕の中で眠り、そして朝を迎えることが、
こんなに幸せだと思える。
たとえ僅かな時間であってもいい
レイと共にいられるだけで、マミヤは幸せだった。
こんな、幸せな日々がずっと続いてくれたなら。
マミヤもまた、いつか訪れるレイとの別れを心の中で感じていた。

ある晴れた日・・・
マミヤは真っ白なワンピースを身に纏い、レイの前に現れた。

「めかしこんで、どうしたんだ?」
「私だって女よ。少しはお洒落もしたくなるわ。
 それにしても、他に褒め言葉はないの?」
「すまん。よく似合っている・・・」
「お世辞でも嬉しいわ。
 今日は天気もいいし、外に出てみない?」
「そうだな・・・久しぶりに二人で歩くのもいい。」

あの日から、戦いを捨て、レイの為に女として生きることを決めたマミヤ。
そんな、愛おしい女の姿を、あとどれくらい見ることが出来るのだろうか。
レイは朝が来る度に、同じことを考えていた。
そして、自分の体の異変にも・・・。

「レイ、あなたと一緒に行きたい場所があるの・・・」

マミヤはレイの手をつかみ走り出した。
そこは、マミヤの村が一望できる小高い丘だった。
二人でその丘の頂上に立ち、花の咲く美しい村を見つめた。

「私、辛いことや悲しいことがあると、いつもここに来てた。
 ここに立って大空を見上げると、なぜか、みんな忘れられたの。
 そんなちっぽけな事でクヨクヨするなよ!って、
 誰かが慰めてくれるような気がして。」

マミヤは子供のような笑顔で話し始めると、その場に寝転んだ。
「雲ひとつない青空。ほんとにきれい!ほら、レイも見て!」
「おい、せっかくの服が汚れるぞ」

その無邪気な姿に、やれやれとレイもマミヤの隣に寝転んだ。
目の前には、美しい青空が広がっていた。
こんな風に、空を見たことなど今までなかった・・・。
レイはマミヤと共にいる、この穏やかな時間に幸せを感じながら
しばらく空を見つめ、ゆっくりと瞼を閉じた。


「レイ・・・」
マミヤはそっとレイに唇を重ねた。
静かに目を開けるレイ。そこには、優しい笑顔があった。

「マミヤ・・・」
レイはマミヤを抱きしめると、もう一度唇を重ねた。
このまま時間が止まってしまえばいい・・・
二人は心の中で、同じ言葉を何度も繰り返していた。


*********************************************************


そして、その時は静かにやってきた。

それは、いつもと変わらない平穏な日だった。
レイはわかっていた。別れの時が来たことを。
マミヤと共に過ごしたこの数日間、本当に幸せだった。
初めて死の恐怖を感じたのも、この幸せを失いたくなかったからだ。
だが、とうとう最期の時はやってきた・・・。
レイは、マミヤを抱きしめると小さく呟いた。

「マミヤ・・・ありがとう・・・」
「レイ・・・急にどうしたの? もう会えないみたいじゃない・・・」

マミヤもまた、この日が訪れる事はわかっていた。
でも、彼のそばを離れたくない。
出来ることならこのままずっと一緒にいたい。
神様、どうか、この幸せを奪わないで・・・。
マミヤはレイの腕に抱かれながら、心の中で叫んでいた。

「これを受け取ってほしい・・・」
レイは、自分の髪を切り、マミヤに差し出した。

「これは、俺が初めて心から愛した女・・・
 マミヤ、お前に持っていてほしい・・・」
「レイ・・・」

震える手で、レイの白髪を握りしめるマミヤ。
涙で言葉にならない。

「マミヤ・・・お前と過ごしたこの数日間、本当に幸せだった。
 お前は、俺に真実の愛を教えてくれた・・・。
 ありがとう・・・そして、幸せになってくれ・・・」
「レイ・・・あなたがいなくなってしまったら、幸せになんて・・・
 お願い、もう何も言わないで・・・」

レイの胸に、熱いものが何度も零れ落ちた。


翌朝・・・
マミヤが目を覚ますと其処にレイの姿はなかった。
この日が来ることは、わかっていたはずなのに・・・
マミヤの頬を涙がつたう。

「・・・俺はずっとお前を見守っている・・・」

それがレイの最期の言葉だった。


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マミヤは一人、あの丘に来ていた。
『悲しいことがあった時、ここに来ればみんな忘れられる・・・』
でも・・・忘れることはできない・・・。
彼との幸せな想い出だけは・・・。
レイの白髪を胸に抱き、マミヤは空を見上げた。
あの日と同じ、雲ひとつない青空が果てしなく広がっていた。

「レイ・・・あなたを忘れない・・・ずっと・・・」





あの日の青い空
 − END −




 ★あとがき★

「明日なき旅」からの続き・・・というか
「ユリア伝」の“白髪エピソード”に触発されて、書いてしまったお話です。
あのシーンのレイは実に穏やかな表情をしていて
これから最期の戦いに挑むというよりも、戦いを終えた表情に見えました。
ユダ戦前の「最期の夜」は既に、書いてしまったので、
今回は、最期の戦いの後、数日間、命が残されていた設定にしたのですが
書いているうちに、この設定は、レイにとって相当辛いものだと感じました。
やはり、原作どおり、戦いの後、すぐに散っていったレイが一番美しいですね。


 

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