カサンドラへ

〜 崖 〜



ひぅゅぉぉぉぉぉ…

カサンドラにいく道すがら

ここは断崖絶壁、谷の途中

この谷を通り抜けなければ

遠回りしかないと言われれば

一刻も早くトキを救いたい奴の為

細い筋のような道を横ばいに

ゆっくり、ゆっくり、進んでいく

ぴゅううっ

『きゃ!』

急な突風に浚われそうになる彼女

『気をつけろよ』

『解ってるわよ』

そんなやり取りをよそ目に

奴は先頭に先に先に進む

(もう少し待ってやってもいいだろうが…)

などと思うが

いかんせんそんな事、今の奴には通用しなさそうだ

帰れと言ったのに,勝手について来た

そういう風に返されるだろう

普段の奴ならそんな事はないだろうが…

不器用すぎる

この朴訥な男は余り女のことは知らないんじゃないか?

よくこれで婚約者がいたものだ…よっぽど物好きだったんだろう

心の中で悪態をつく

びゅううううっっ

先程よりも強い風

からん…からん…

頭上から小さな石が落ちてくる

それを避ける為

身体をずらそうとした彼女

―――!

がららっ

『きゃあっ!』

『おい!!』

とっさに横に飛び受け止めた後

足場を確認し

そのまま飛び移りながら降りようとした時


ぐらぐら、ずずずずずず…………ずず…


地震!?

嫌な予感が…


ぐらぐら、ぐらぐら、どどどどどど…!!

ぐぁわららら!がらがら!!ごろごろっ!!

『なに!』

真上から無数の細かい瓦礫と共に

巨大な岩が落ちてくる

それを切り裂こうとして

片手には、愛しい女

止むを得ず

もう片方の腕だけで切り裂くが





ごいん





ああ…情けない

仮にも南斗水鳥拳継承者が

目測を誤ったとはいえ,自分の切り裂いた岩に

頭をぶつけるとは…(泣)

すうううううううー…

薄れ行く意識の中

腕の中の女だけは,この身に代えて護ろうと

落下しながらも腕により、力を入れた



『レイ!!マミヤ―――!!』

深い谷の底に吸い込まれてゆく二人

その一部始終を目の当たりにし

辛うじて落下を免れたケンは 《主人公だから?》

(…今までで、一番情けないぞレイ……)と思いつつ 

すばやく次の行動に移ろうとした

運が良ければ二人は無事だろう

(あと、こちらが着くまでにうまくやるんだぞ!…無理かもな)

それを祈り崖下へそして親友の不憫さに同情しながら

自らも渓谷の底に飛び降りた










ぴちゃん






ぴちゃん






水滴の音が聞こえる



この荒れた土地で?




まだ霞む頭の中で考え

ゆっくりと意識を取り戻す


ずきん!!


体の節々と頭が痛み出す

そうか…俺は

先程の事を思い出そうとして

!!

我に返り周囲を確認しようすれば

腕の中の重みと呼吸を感じる

どうやら命に別状は無いようだ

ほっと胸をなでおろす


…さて、これからどうするか


痛む頭と身体を堪えつつ周りを確認する

よくあんな高い所から落ちて無事だったものだ

ここは谷の底の底のようだ

鍾乳洞という奴か

先程の崖崩れは地震も兼ねていた様で

地盤が割れた所に岩が落ちその衝撃で

空洞の部分に罅が入り

地下水の溜まり場に落ちたらしい

しかも浅瀬にも関わらず下は砂地という運の良さ(都合よすぎるが…)

まあそれで溺れる事も無かったが



奴が無事なら助けに来るだろうが…


『…う、ん』

腕の中で動き始める愛しい存在

『気が付いたのか』

『…え?なっなに!?』

『おいおい忘れたのか自分がどうなったのか?』

『あ…崖から、じゃあ貴方が助けてくれたの?』

『ああ、まぁ少々ヘマをして格好がつかんがな…』

『そんな…助かったわ、ありがとう』

『フッ…おかしなものだな』

『何が?』

『まさかお前からそんな言葉を聞けるとはな』

『失礼ね!助けられたらそれくらい言えるわ!!』

ぐいっと腕の中から抜け出そうと身体を押し返す

『うっ』

『どうしたの!? ごっごめんなさいっ!』

暗がりの中、目が慣れてきたのか

怪我に気がつき、離れようとしていた彼女が

心配気に再び身体を寄せてくる

『たいした事は無い』

『駄目よ!!ちゃんと手当てをしなくちゃ!!』

そういうと、水の無い岩場に移らされ

手際よく携帯用の薬と包帯を出し

傷の治療を始める

傷口に布を宛がい止血をし

薬を塗り

微かに染みる傷口に

顔をしかめつつ

くるくると巻かれる白い包帯

ほんのりと感じる彼女の体温

息遣いさえ感じる至近距離

その独特な空気に僅かに目を逸らし

妙な気分になりそうなのを堪えながら

とりあえず修行時代の精神統一を試して

手当てが終わるのをひたすら待つ

(生殺しだ…)

そんな不埒な考えに気づくはずも無く

ひたすら手当てを続ける彼女

『私のせいね…本当にごめんなさい』

『気にするな…』


そう本っっ当ーー!!に気にしないで欲しい!

後ろめたさと同時に蘇える記憶

思い出す度に情けなくなってくる…うう



『これ、でいいと思うんだけど…』

治療が終りまだ不安そうな表情で

じっと俺を見つめる

『ああ、大丈夫だ』

『本当に?他に痛む所は無いの?』

『なんだ疑うのか?』

『そうじゃないけど…』

『フッ…心配するな伊達に鍛えちゃいないさ』

そう、修行時代はこれ位序の口だった

辛い事もたくさんあった

本気で死にそうな目にもあった事がある……そういえば花畑が見えた事があった
な…(遠い目)

自分の思考に飛び、目が少しイキかけている男をいぶかしみながら

『なら、いいけど…これらからどうするの?』

『そうだな…』



俺は頭の中で考えを整理した

1地下水路を辿ってみる
少々危険だが何処かに外にに繋がる場所か、あるいは柔らかい岩盤があるかもし
れん
それを俺の拳で切り裂く事も出来るやも…

2上に登ってみる
これは先程の地震もあったからな…また崩れて
今より状況が悪くなっては困る

3助けが来るまで待つ
これが妥当かもしれんが待つ相手はあの行き当たりばったりの救世主
いつ来るかわかったもんじゃない… 《あんたら本当に親友か!?》



――よし


自分で行動した方がまだましかもしれん

それを彼女―マミヤに告げる

『地下水路?』

『ああ、もしかしたら外に繋がる場所があるやもしれん、そうでなくてもどこか
柔らかい岩盤があれば俺の拳で切りさけるだろう』

『でも、ケンが来てくれるかも知れないのよ?ここで待っていた方が安全じゃ…


『奴、一人ではいつ探し出せるか解らんぞ何せ広いしな…』

『……』

『どうする?』

『そうね…貴方の言う通りかも、ここで待つより自分から動いた方が良いかもし
れないわ』

『よし、いくぞ』

『ええ、』

立ち上がった瞬間

『!』

ぐらりとふらつき足をおさえしゃがむ彼女

『どうした?!』

『な、何でもないわ!ただちょっと…』

『見せてみろ』

強引におさえた足を取り手を当てる

痛めただろう辺りに軽く触れた時

『!』

彼女が痛みに顔を僅かに顰める

『ここか…』

『ええ…』

『挫いたようだな』

『ごめんなさい…貴方も怪我をしているのに』

『謝るな、別にいい』

通常よりも腫れ熱もあるだろう

他に痛みがないかしばらく足を診た後

『歩くのは無理か…』

『大丈夫、平気よこれくらい』

そう言って再び立ち上がろうとするのを制し

くるりと彼女に背中を向ける

『乗れ』

『?』

『おぶされと言っているんだ』

『でも…』

戸惑う彼女に多少苛つきながらも

このまま歩かせる訳にもいかないと

やんわりと背に乗るように言うつもりが

『いいから早くしろ、多少重くても気にはせん』

地雷を踏んだと思ったが予想どうり

彼女のむっ、とした気配を感じ

『!!解ったわよ!』

口調は乱暴だが俺の怪我を気にしてかおずおずと体重を預けていく

背中に彼女の体温が伝わる、柔らかい感触も…

それに柄も無く

胸が早鐘のように鳴り響く

そんな事を気取られないよう

平然とした顔ですっくと立ち上がり

大きく歩幅を広げて足を進めた







自分自身の足音と

ちろちろと流れる澄んだ水の流れだけが響く

光も差さぬ闇の中

複雑に入り組んだ天然の通路

その道を別段不便に感じず

周りに、意識を集中し先に進む

暗殺拳という性質の為か

修行時代はよくこんな所を通ったものだ

時折聞こえる風の音

動く空気の流れを追いかけ

天井から垂れ下がる突起物を

彼女にも当たらないように

避けながら歩いて行くと

淡く青白く光る岩場へと出る

…!

驚嘆した


それに照らし出され自ら淡く輝く大理石

水溜りにいる小さな虫

深い泉の底でゆらゆらと動く地下独特の生き物さえも映し出し

この空間だけ幻想の世界に入り込んだようだ…

『これは、自己発光する光苔よ』

余りにも静かなので

寝てしまったのかと思っていたら

背中から声が聞こえた

『光苔?』

『ええ、この岩場をよく見てみて』

言われたとおり彼女の指し示した所を見てみると

確かに淡い光を湛えた苔があった

『普通は外から入ってくる光をレンズのようにして反射するんだけどこの苔は、
自分で発光する成分を含んでいてとても珍しいものなのよ』

思わぬところで彼女の知識を披露され素直に感心した

『詳しいな』

『父の受け売りだけどね』 

いたずらっぽく肩をすくめる



まだこんな所が残っていたのか…

とても今の時代にこんなものがまだあるとは夢にも思わなかった

いや、そう思い込んでいただけで

自然は人間よりも遥かに大きく逞しい

いつか地上の荒れ果てた大地もきっといつか

どれほど時間がかかってもかつての碧を取り戻すのだろう…



そう思いつつ目の前の光景に見惚れる




『…綺麗ね』

『ああ…』

『昔、父が話してくれたの…』

『ん…?』

『人間が作ったどんな立派なものよりも何百、何千、何億とかけて自然が作り上
げるものの方が遥かに美しいって…』

『そうか…』

あの村の創始者は、かつての時代を鮮明に記憶に残し愛していたのだろう

どんなに苦しくとも血を吐く思いをしてまでも未来を信じ

くじけず、諦めず、前に進み村の礎を作ったのだ

その魂は彼女にも受け継がれている

俺とは大違いだな…

だからこそ彼女に惹かれたのか

そう自嘲気味な気分なる


『ねえ』

『何だ?』

『あなた、こんな風にアイリさんもおぶってた事あるの?』

『あ、ああ、まあな』

『ふふ、いいお兄さんね』

『そんな事は無いさ…』

『そんな事あるわよ…とても暖かいわ』

くすくす

小さな笑い声

何か照れくさくなり、早足で先に進む

その後も、

彼女の父は地質学者でその知識で水を掘り当てたのだとか (成る程…)

彼女自身は、専門的なことは難しくて解らなかったが

先程の仄かな青白い世界を作り上げるあの光景のような

地下特有の不思議な話はとても好きでよく父親に話をしてくれとねだったとか

たまに待ち帰る琥珀や化石を夢中になって説明してくれたとか (いいのか?)

かつての時代にあった裏山の木に登り、降りられなくなって周りを心配させた事

子供の頃はどういう遊びをしていただの

その遊びでの共通点や違いを話し合ったり

どんなものが好きで嫌いだったとか

どんな修行をしていた、だのとにかく色々話があった

修行時代については、つい死にかけた事まで口走って心配されたが…

彼女にとっては何気ない会話だったのかもしれないが

この暗闇の冷たい洞窟の中でも

俺は、なにか暖かいものに包まれ

ぽかぽかとした温もりを胸に感じていた






ひゅう…


『?!』

『どうしたの?』

僅かに感じる風の気配


近付くと確かに小さな穴があった

『外に繋がってるのかしら…』

『さあな、やってみるしかあるまい』

そう言って、彼女を離れた場所に降ろし安全を確認し




岩盤の前に立つ


―――――

集中し

”気”を練り始める

序々に気が頂点に達し

爆発する

その瞬間

―――――っ!!


がららっ、ごろろろっ

土埃と音を立て壁が崩れ

外が見え始め最初に目に映る色は橙の空

雲も同じように染まり往き

夕焼けに包まれてもう日が暮れかけていた

『やった…!』

完全に壁が崩れたのを確認し

彼女の方へ戻り再び背負う

そして外へ這い出していく

多少、瓦礫とホコリ塗れになり

軽く咳き込み

お互いよれよれになりながら

出た場所は谷の終り

つまり出口の様だった (脱力…ここまで来ると壮快だ…)


『ケンは何処にいるのかしら…?』

『さあな…』

首を横に動かし

崖の周囲を見渡せば

『あ!』

そう叫び彼女が指差した方向を見る

遠くに人影が見えてきた

『フッ、今更登場か…』

ぐったりとしながらも安堵する

こちらに気付いたのか近付いてくる奴

やれやれ、さすがの救世主様も今回は出番なしか

だがそれでよかったかもしれん

そうでなかったら、彼女とはこんなにも近づく事はできなかったかもな…

胸の中で充足感を感じつつ

奴の到着を待った





NEXT 〜ケン〜

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