カサンドラへ



〜 人魚 〜



天上ではぐるぐると蒼と白が

溶け合うかのように大きな渦が巻き

不思議な感覚にそれをじっと見つめていれば

横から様々な色や種類の魚が自分の脇を通り過ぎていく

もう一度天を見上げると今度は光が屈折し煌く水の揺れ

海の中らしい、息を確認してみるが苦しいとも思わず

そのまま深い蒼に包まれた光景を眺めている

ふいに、何かが近づいたと思い振り返れば

さっと回り込み、また後ろに気配を感じ

同じ事を繰り返してみてもそれは

からかうように見えなくなり

それならと

こちらが振り返ると思わせ

向こうが回り込むのを予想し

動きをあわせれば



見知った顔に

下半身は魚の尾びれ

光に反射し虹色に輝く鱗

海の中をゆらゆら泳ぐ栗色の髪

その髪に隠れる白くなだらかな双丘  

――人魚…?

子供の頃妹に読み聞かせた、あの話どおりの姿

こちらを見、菫色の瞳を大きく開き驚いたかと思うと

怯えることなく、にっこり柔らかく微笑み

するりと水が流れるように

自分に近づき何処へ誘うのか

後ろに回り腕を絡ませようとする

その手を取ろうとすれば

二人の間に強い海流が流れ

ゆったりとした動作で

人魚は離れていき

微笑を浮かべたまま

静かに泡と共に消え

その泡を掴もうとしても

ぱちんと弾けて

己の掌には何も残らなかった

――

そんな夢を見、大きな喪失感と

額に冷や汗を感じ、目を覚ました時

自分が見た夢に呆れながら

あの見知った顔に十分心当たりがある

カサンドラへの行程で見たその夢は、

奴への報われぬ想いを貫こうとする彼女を重ねたもの

馬鹿馬鹿しい、彼女はそんなに弱い人間ではない

おとぎ話の人魚のように泡と消える筈などありえない

そう自分に強く言い聞かせ

心の奥にある想いと共にその不安を封じ込めた

それから幾月が過ぎ、カサンドラからトキを救い

ラオウが村を襲うとの情報を得、先を急ぎ

そして、拳王との対峙で奴が着いた時には

自分は秘孔を突かれ後三日の命の身となり

奴を止める為に辿り着いたトキがラオウと対決し

敗れ、止めを刺されそうになったその時

ボウガンでラオウに挑もうとする彼女

瞬間、あの夢が正夢になるのかと

背筋が凍りつきそうな衝撃に襲われ

報われぬ想いと共に泡と消えた人魚

彼女が奴への届かぬ気持ちを抱きながら

同じ北斗の男に散らされる姿が心によぎる

それだけは見たくなかった、己の形振りなどは構わない

ただ、彼女が救いたいその思いだけが

自然に自分の身体を突き動かす

だから

永遠に告げることなどないはずの想いを――


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