ろうが…ね。


カサンドラへ





〜 酒場 〜



ここは、腕自慢の荒くれ共がたむろする場所からは

多少は離れた外れにある雑貨屋も営む酒場だ

ひび割れの入った壁に染み込んだ煙草と酒の匂い

明りは薄暗く照らすカンテラと

シェルターからの僅かな発電で賄う仄かな電球

物騒ごとはご免こうむるとこだが

それでもここに集うのはいささか落ち着きのない

奴ばかり、こんな時代にまともな商売事なんて

どんな奇特な奴だなんて思われるだろうが

なにせ戦争が起きる前からやってるもんで

この生活が身体に染み付いてしまってね

抜けられなくなってんのさ…危険も付くが

人間観察てのは結構楽しいものだ

やってくる客から仕入れる話には

貴重な情報源になる事もしばしばで

それで副業を営んでたり

たまに面白い人間が来る時もある

そう

この間もこんな三人組が来てね


――かちゃり

おんぼろの扉を開く音、普段来る

連中から比べりゃそうとう

お上品で礼儀正しいものだった

中で飲んでる連中も一瞬その扉から

入ってくる奴に注目した

最初に男が二人これは長年の人を見る勘で

ただもんじゃないと感じたね

二人が纏う空気ってもんが連中と違うんだ

下手に手をだせば五体満足ではいられない

そんな感じだ。おまけにどちらも結構な男っぷり

片方は無愛想だが深い温かみを持つ空気

もう片方はかなりの二枚目そこらの女共なら

一晩のお相手をと群がり寄ってきそうだ

そして…

ぴゅう〜♪

酔った連中から口笛が出る

女だ。しかもすこぶるつきの美人

こんな煤けた酒場には絶対来ない

それ程の良い女、周りからは

”ねえちゃんこっちに来ないか”

”そんな奴等とより俺等と楽しい事しない〜?”とか

ひやかしやからかいの声が彼女に向けられる

無駄だと判らんのかねここの連中がどれだけ束になっても

あの二人の男達に敵う者なんざいやしないって事にさ

二枚目の男がそれを一睨みしようとすれば

僅かに柳眉を寄せながらも男を促し

下衆な歓声など聞く耳を持たずその間を通り抜けていく

美人だが、あのお嬢さんそうとう気が強そうだ

反応からしたらこの二人が付き合っていてもう一人は

旅の仲間ってとこかと考えていたらそうでもないらしい

物々交換で幾つかの旅の食料とここでの食事を用意をし

連中が寄り付くのが少ないカウンターに座る三人

ちょっと三人の会話に聞き耳を立ててみたら

…カサンドラ、その単語が聞こえてきた

拳王が支配する難攻不落といわれる監獄

あんな所に何の用があるんだ?

ますます只者じゃない、何なんだこの三人は…

より会話に耳を傾けようとして寡黙そうな男が

彼女の言葉を遮りこちらを伺う目を向けた

感づかれたかと慌てて何も無い素振りで

グラスを拭う作業を続ける

しばらくして席を立つ音がし

無口な男がその場所を離れた

見送る彼女の視線に含まれたものに

ああ…なるほどね

納得しながら二枚目の方を見れば

その時の表情、彼女からは見えないが

優しく暖かい瞳で彼女を見つめるのさ

一瞬だったが、何もいえなくなるだろうあんな瞳を見せられちゃぁ

普通の女ならそれで落ちるね

その容姿なら引く手数多だと思うがたった一人の女に

かなわない片恋とは…色男の兄さんが意外だ

あの美人の姉さんはもう一人の方に片想いらしいが

やりようによっちゃぁ振り向いてくれるチャンスもあるかね

仲間としては信頼されているようだし

だが微妙に避けられている気配もするが…

兄さんあんた何かやったのかい?

それなら早く謝ったほうがいいと思うよ。ま、内容にもよるが

ほんの少しの時間だったが彼らの微妙な三角関係の分析に

想像と思考を巡らせている内に二人は

戻ってきた男と合わすように席を立ち店を出るようだ

扉へと向かいテーブルの間を縫うように歩けば彼女が横切る瞬間

酔っ払った馬鹿な一人が彼女にからもうとした手を色男の兄さんに

腕を掴まれねじ上げられている

あらかじめ彼女の護衛は任せているのか

もう一人は我関せずの態度だ

どうやら二人を結び付けたくて席を空けたり

素っ気ない態度を彼女に取り続けてるらしい

男の友情かね…

そんなこんなで捩じ上げられた馬鹿な酔いどれは

軽く放り投げられ気を失い、唖然とした連中を尻目に

酒場の扉を開くと彼女を先に外へ送り出し

男達が連中に一瞥をくれた後

追う者が居ないと確認したのか悠々と立ち去った

これは役者が違うね

情けないことにここの連中はあの睨みで飲まれたらしく

向かっていく奴なんて一人も居やしなかったのだから

放心状態を抜け出した酒場はいつもよりも静かで

つつまやしかなお通夜のような空気が漂い

早めに帰る者が一人、二人と続き

あっという間に客はいなくなり

今日はもう他に来る奴もない様で

自分も商売をする気もなく早々に店じまいをする事にした

片づけをしながらあの凄みを利かせた視線を思い出す

蛇に睨まれた蛙というのはああいうのだろう

本当に何者だったのか…未だに思い出すと震えが来るね



それから数ヵ月後

カサンドラが落ちたとの情報が入って来た

誰がそんな事をしでかしたと言えば

胸に七つの傷を持つ例の救世主だそうだ

その話を聞いて思い出したのはあの時の三人

確かな事は判らないがカサンドラを目指していた筈

まさかとも思うが

どうしてもあの三人がやったとしか考えつかない

あれが救世主一行なら一睨みで連中を怯ませ

動けなくした事も納得がいく

道理で只者じゃないはずだ

七つの傷の男は無口だって噂だから

寡黙な男がそうなんだろう

片想いの兄さん彼女とはどうなったのかね

上手くやれてりゃ良いけど

救世主の縁結びなら御利益ありそうだが



いつか、扉が開かれ

また三人がその姿を現した時

幸せな答えがあれば良い

こんな酒場にはもう来る事もないだろうが…ね。





おわり


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