宿命の扉






o
階段を下りてくるいくつかの足音。
哀しい生贄がまた一人・・・
暗闇の地下牢に、鍵の締まる音だけが冷たく響きわたる。
ssi





「大丈夫? 怪我はない?・・・」


冷たいコンクリート壁の向こう側から、微かな声。


「誰なの・・・?」


「あなたと同じよ・・・
 でも、これから私は、別のご主人様の所へ連れて行かれるの・・・」


「どういうこと・・・?」


「私はまた売られたの・・・ ここに来たら、ご主人様に従うしかない。
 そうしないと、この時代・・・弱い女は生きていけない・・・」


この冷たい地下牢にどのくらい閉じ込められていたのか。
抗う術を失くした、その悲しい言葉に
彼女の身に起きた出来事を考えずにはいられなかった。


「あなた、ここから逃げようとは思わないの?」


「逃げるなんて無理・・・あなたも直にわかるわ・・・」


「私は、こんな所にずっと閉じ込められているなんて耐えられない!
 どんな事があってもここから逃げ出すわ!」


「あなた・・・ 強いのね・・・
 私はこのまま、周囲に流されて生きていくしかない・・・」


「諦めてはいけないわ・・・ きっと何か方法があるはずよ。
 一緒にここから逃げましょう・・・」


「あなたはまだ、ここに連れて来られた意味をわかっていない・・・」


いったいどんな運命を辿ってきたのだろうか。
その言葉を最後に、彼女は何も話そうとはしなかった。
暗い地下牢の中、水の滴り落ちる音だけが
冷たく鳴り響いていた。






「おい!!ユダ様がお呼びだ!出ろ!」


再び、男たちが現れ彼女を連れ去った。
ユダ・・・
その名前を聞いただけで、
あの悪夢のような出来事が脳裏を過り身震いがして耳を塞いだ。

やがて人の気配は消え、再び静寂の恐怖が訪れる。
「この時代、弱い女は生きていけない…」彼女の言葉が頭を過る。
自分も彼女と同じように周囲に流されて生きて行くしかないのだろうか。
絶望の淵に立たされ、己の運命に神を恨んだ。





*********************************************************

         ***********

高窓から差し込む月の光が、ぼんやりと人影を映し出す。
また、誰かが私を刺客として、どこかへ送り込むつもりなのか。
だがその気配は、今までと何かが違っていた。


「ここに居るのはお前だけか・・・?」


その姿は見えないが、明らかにこの城の男達とは違う気配を感じた。


「・・・そうよ・・・」


「そうか・・・ ならば、用はない・・・」


「待って・・・ 私を連れに来たのではないの?」


この時、なぜか、この男を呼び止めずにはいられなかった。


「用はないと言っているだろう・・・
 そんなに抱いて欲しいのか?」


男は鉄格子の間から手を伸ばすと、腕を掴み、思い切り体を引寄せた。


「な、何するの・・・」


暗闇の中、獣のように鋭く輝く紅い瞳だけが、浮かび上がり、
その鋭い視線に、身体が凍りついた。


「フッ・・・お前、震えているのか・・・?
 ここにいる女は皆、男に慣れていると思ったが・・・
 お前は違うようだな。」


そう言うと、男は顔を近づけた。


「いい女だ・・・ここの下衆どもにくれてやるのは惜しい・・・」
 

その瞬間、今まで感じた事のない優しく柔らかい感触が唇を塞いだ。
さっきの凍りつくような視線とは想像できないほどの優しい口づけに
拒もうとした身体が自然と引寄せられていく。
いつしか鉄格子の冷たさも感じなくなっていた。


「・・・少しは暖かくなったか・・・?」


暗闇の中、その表情はわからないが、
明らかにさっきとは違う優しい男の言葉に戸惑いを隠せなかった。


「あ、あなた・・・
 私を・・・どうするつもり?」


「フッ・・・ おまえが望んだからこうしただけだ」


いったい、この男は何者なのか・・・?
この城の人間でないのなら、ここから逃げ出す術も知っているのでは。
それに、この男、誰かを探している・・・。


「さっき言っていた事・・・ あなた、誰かを探しているの?」


「女を探している・・・ここに、お前の他に女はいなかったか?」


自分を慰めてくれた、彼女のことだろうか。
戸惑いながらも、会話を続ける。


「私がここに来た時・・・顔も名前もわからないけど
 一人の女性がいたわ・・・彼女、壁の向こうから
 傷ついた私を慰めてくれた」


「その女、何か言っていなかったか?」


「自分はまた、売られたと言っていた・・・新しい主人の所へ行くと。
 私、彼女の言葉が忘れられない・・・
 弱い女は、こうするしか生きていく術はないと・・・」


その女は、妹なのだろうか。
ならば、まだ城の何処かに・・・。
この場を立ち去ろうとした瞬間、目の前の気配が消えた。


「どうした・・・?」


返事がない。
女は冷たい床に蹲っていた。
鍵をこじ開け、女を抱き寄せる。
冷えきったその身体はまるで氷のようだった。
この冷たい地下牢の中、精神的にも、肉体的にも辛かったに違いない。


「おい! 大丈夫か?」


「早く・・・ 彼女を助けに・・・」


消えそうな声で呟く。
結局、女を抱いたまま、この場を離れることが出来なかった。
今までの自分ならば、女を見捨て、この場を立ち去ったに違いない。
だがこの女、会って間もないというのに、なぜか安らぎを感じる・・・
氷のように冷たくなったその手を握り締めながら
人間としての感情を取り戻す自分が其処にいた。

しばらくして、女は目を覚ました。


「(温かいぬくもり・・・誰?)はっ!私・・・いったい・・・?」


「しばらく眠っていた・・・」


「あなた・・・ずっと私を・・・?」


「目の前で倒れた女を、見捨てる事はできんだろう」


「あ、ありがとう・・・。
 でも、あなた、ここにいたひとを探していたんでしょう?
 私の事なんか、放って置いてくれてよかったのに・・・」


数時間前の、あの弱々しい姿は何処へいったか?
強気な言葉に、呆れながらも、安堵の笑みを浮かべ答える。


「フッ、呆れた女だ。その調子ならもう大丈夫そうだな。
 ところで、お前は、なぜここに?」


「好きでこんな所にいるわけがないわ!
 あの男、ユダに目の前で両親を殺され、私はここへ連れて来られた。
 あの日の事は、一生忘れることはできない・・・」


「そうか・・・両親を・・・
 おまえ・・・ 他に身内はいるのか?」


「村に残された弟が一人。 
 村はまたいつ襲われるかわからない。
 一人残した弟のことが気がかりだわ・・・
 だから、早くここを出て村を守らなければ・・・」


この女もまた、自分と同じ、
この時代に生まれた悲しい運命に翻弄されているのか。


「なぜ女のおまえがそこまで・・・」


「あの村は、私の両親が美しい未来を夢見て必死に築いた村。
 そして、その命を捨ててまで、野盗から守ってきた村なの。
 だから、私にはあの村を守る義務がある。
 ここに来たときから、その事だけを考えてきたわ・・・」


囚われの身でありながら、なんと気丈な女なのだろう。
自分はこのまま意味のない殺戮を繰り返すだけでいいのだろうか。
レイの中で、義の星の宿命が静かに扉を開けようとしていた・・・。



「わかった・・・ とにかく早くここを出よう」


「その前に・・・あなたの事、まだ聞いていないわ」


「俺は・・・ ユダと同じ南斗聖拳を学んだ男だ・・・」


“南斗”の名を聞き、女の顔色が変わった。
この女にとって、“南斗”とは憎むべき存在であったに違いない。


「あなた・・・
 もしかして、私を別の場所へ連れ出すつもりなの?」


「フッ・・・助けてやったのに、ずいぶんだな・・・・
 俺は・・・妹を助ける為、そして、ユダを倒す為にここに来た。
 ユダは南斗六聖拳を崩壊に導いた男だ。」


「南斗六聖拳の崩壊?・・・」


「あの男は、平和を望む俺達を裏切り、覇権を目指した・・・
 そして、その裏切りが発端となり、
 南斗聖拳の頂点にあった南斗六聖拳は崩壊した・・・」


「そんなことが・・・
 疑ってごめんなさい・・・ あなたを信じるわ。」




暗闇の中を走り出す二人。
この時、レイは初めて気付いた。
この女と離れたくない・・・。
妹を探し出す為、殺戮を繰り返してきた自分にとって
人を愛するなど、無意味な事と思ってきた。
だが、この女、出会った時から何かが違っていた。
短い時間ではあったが、こんな気持ちになったのは
この女が、初めてだった。
レイの中で忘れていたはずの感情が、
再び心の中で生まれようとしていた。


二人は黙ったまま、ひたすら走り続けた。
どのくらい走っただろうか。ようやく、女が沈黙を破った。


「私、刺客としてここから送り出された時、逃げ道を探したの。
 ちょうど、このあたりに抜け道があったはずだわ。
 ここからは、私一人で大丈夫。
 あなたは、早く妹さんを助けに行って! そして、あの男を倒して!」



月明かりに照らされ、凛とした女の姿が目の前に浮かび上がった。
このまま、この女と共に逃げるか・・・?
一瞬、頭の中を過った。
自分は、妹を助け出す為だけに生きてきたのではないのか。
頭の中で二つの思いが交差する。


「ここは、お前一人で逃げるには、危険すぎる」


「私が一緒だと、あなたの足手纏いになるわ。
 私は、ここから逃げ出すため、戦う術も覚えてきた・・・
 だから、私の事は心配しないで。早く行って!」


突然、男たちの殺気に気づくレイ。


「いかん!気付かれた!  お前は、先に行け!
 俺は奴等を片付ける!」


「わかったわ・・・ありがとう・・・。
 あなたの無事を祈ってる。
 そう、まだあなたの名を聞いていなかった。
 私はマミヤ・・・」



「マミヤ・・・ 俺の名は・・・・・・」



続けようとした言葉は、罵声と共に遮られた。



「早く、逃げろ!」



「ありがとう・・・」




暗闇の中マミヤは一人走り出した。
これまでの出来事が走馬灯のように頭を過る。
そして、自分を助けてくれたあの男のことも。
彼のことは名前も顔もわからない。
ただ一つわかっているのは、彼が南斗の男であるという事。
何故、あの時、自分は彼を呼び止めたのだろう…
ほんの数時間一緒にいただけなのに、あんなにも優しさを感じたのだろう…
彼は、目的を果たすことができたのだろうか?

一方、レイは男達を倒し、城の頂点へと向かった。
だが、既に其処には、ユダの姿、
そして、探し続けた妹の姿はなかった・・・
絶望の中レイは思った。
もしあの時、あの女と共に逃げていたら・・・
あの女、ほんの短い時間であったが、なぜか安らぎを与えてくれた。
そして、失っていたはずの感情を思い出させてくれた・・・
あの女、マミヤは無事逃げる事ができたのだろうか・・・?


互いの心の中で同じ感情が生まれていたことを
この時、二人は知る由もなかった。
そして、互いの宿命により 再び導かれ
美しくも悲しい運命が待っていることも・・・。





レイは再び走り出した。
闘いの荒野へ。
それは、行くあてのない明日なき旅。
 





 
明日なき旅  ~宿命の扉~
       
-END-




**********************************************************
★あとがき★


「果てしなき荒野へ」の続編です。
レイがアイリを探す途中訪れたユダの城で
偶然マミヤに出会っていたら?
という妄想から書き始めたこのお話。
お互いの顔はわからないまま別れる設定にしたかったので
暗闇での出会い?にしてみました。(ちょっとムリありますが)
文章下手なので、伝わらないかもしれませんが
二人の出会いは宿命であったと思いたいのです。



BACK
inserted by FC2 system